「子に継いでほしいと思っているが、はっきりした返事がない」というご相談を、60代の経営者の方からよくいただきます。本人に意思を確認しようとしても、消極的な反応が続き、話が前に進まない。説得を強めると関係がこじれそうで、踏み込めない。承継の判断以前に、家族の中で何をどう整理するかが論点になります。

「子に継いでほしい、でも返事がない」よくある場面

経営者の側には「会社を残したい」「親族に引き継ぎたい」という気持ちがある一方で、後継者候補となる子や親族には「自分にできるか不安」「別の仕事があり離れにくい」「会社の借入や責任を引き継ぐのが怖い」といった事情があります。どちらが正しいというより、立場が違うだけです。

帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査(2025年)では、後継者が決まっていない企業の割合が5割を超えています。滋賀県でも約4割の企業が後継者の見込みを持てておらず、親族内承継が思うように進まないケースは珍しくありません。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、親族内承継の割合は長期的に低下傾向にあり、社内承継や第三者承継が増えていることが整理されています。

「いつ話せばよいですか」と聞かれることがありますが、社長が60代に入ったあたりから少しずつ話題に出していくのが現実的です。一度で結論を出そうとせず、段階的に話を進めていくのが基本になります。

強く説得するほどこじれる理由(家族と経営を分けて話す)

「継いでほしい」という思いを強く伝えると、後継者候補は重く受け止めます。短期的には「分かった」と返ってきても、後で関係がぎくしゃくする原因になることがあります。

事業承継の判断は、家族の判断と経営の判断が混ざりやすい論点です。「家族として残したい」と「経営者として継がせるべきか」は本来別の問題で、両方を一度に話そうとすると話が拡散します。

家族の判断は感情を含めて長期で考えるもの、経営の判断は数字と組織を含めて中期で考えるもの、と分けて整理すると、本人も話しやすくなります。税理士が関わるのは経営判断の側で、株価・借入・税金・選択肢の比較などを数字で見える化する役割です。家族の話し合い自体は経営者と家族のものですが、判断材料が揃っていると話が前に進みやすくなります。

本人に確認したい3つのこと(経営参画/役割限定/完全非関与)

「継ぐ/継がない」の二択で聞くと、本人は答えにくくなります。継ぐかどうかではなく、関与度のグラデーションで聞くと、本人も答えやすくなります。

3つの段階で確認するのが一案です。

  • 経営参画:代表として全体を引き継ぐ
  • 役割限定:取締役や監査役として一部に関わる(経営は別の人が見る)
  • 完全非関与:会社からは離れる(株主としてだけ持つ/完全に離れる)

二択でなく3段階にすると、「全部を背負う」「全部を断る」の中間が見えてきます。役割限定であれば検討できる、というケースは少なくありません。

親族内承継が難しいとき、現実的な選択肢

本人が完全非関与を選んだとき、または役割限定でも経営は別の人が見る方向になったとき、現実的な選択肢は4つに整理できます。

ひとつめは従業員承継(社内の役員・従業員に継いでもらう)。ふたつめは第三者承継(スモールM&A、外部の経営者に会社を譲る)。みっつめは外部招聘(社長代行・後継者紹介サービス等)。よっつめは廃業です。

従業員承継の現実的な検討事項は 従業員に会社を継いでもらう前に整理する、お金と税金 で、選択肢全体の比較は 廃業・事業承継・スモールM&Aの選択肢比較 でまとめています。

家族会議の前に、各選択肢の特徴をひととおり整理しておくと、本人や配偶者と話すときに話しやすくなります。

親族内承継しか選択肢がないと思い込んでおられた方に M&A など別の可能性を提示することで、新たな展開につながるケースも少なくありません。

家族会議で整理しておきたい3つの数字(株価・借入・退職金)

家族と話すとき、感情の話に終始すると判断が進みません。数字を共有しておくと、現実感が出て、選択肢を冷静に比較しやすくなります。

確認しておきたい数字は3つです。

ひとつめは株価です。簡易評価でいいので、いくらの価値の会社を引き継ぐ・譲るのかを共有します。ふたつめは借入残債と個人保証の範囲。継ぐ場合に何を背負うのか、第三者承継・廃業を選んだ場合に何が残るのかを見える化します。みっつめは社長の退職金で、引退後の生活設計の前提として、退職金の見込み額を確認します。

仲介相談に進む前の数字整理は M&A仲介会社に相談する前に整理したいこと でも扱っています。家族会議の前に、これらの数字を税理士と整理しておくと、話し合いの解像度が上がります。

親の会社の良さを把握しきれていない後継者候補の方は少なくありません。数字を一緒に見ながら税理士からの意見を聞くことで、会社の魅力を再認識される場面もあります。

「決めない」という選択肢もある(時間軸の考え方)

家族会議で結論が出ないときは、「決めない」を一旦の結論にしておくこともできます。半年後・1年後にもう一度話す、と決めるだけで、判断を急がずに済みます。

ただし、「決めない」は放置とは違います。半年後・1年後に再度話し合う期限を決め、その間に何を確認するかを決めておく必要があります。たとえば、後継者候補が月1回だけ経営会議に参加する、決算書を一緒に見る、借入と個人保証の一覧を共有する、従業員承継や第三者承継の可能性を調べる、といった形です。期限のない保留は、結局のところ先送りです。期限と宿題を決めて初めて、保留が選択肢になります。

事業承継の着手タイミングと長期スケジュールは 事業承継はいつから始める?10年スケジュール でも整理しています。家族の話し合いと事業承継のスケジュールを合わせて考えることで、無理のない進め方が見えてきます。

相談の流れと料金は 初回相談のご案内 で詳しくお伝えしています。

「保留する」と決めること自体が、どうしたらいいかモヤモヤしていた状況からの解放につながり、精神的負担が和らぐ場面もあります。その期間に会社の状況を整え、より承継しやすい環境を準備されるケースもあります。