「事業承継はいつから始めればよいですか」と聞かれることがあります。社長が60代に入ったあたりからご相談が増えますが、実際に動き出すと、後継者の選定、株式の移転、税務の整理、個人保証の解除など、数年では収まらない論点が次々に出てきます。短期で進めようとすると無理が出やすい領域です。

なぜ「10年単位」で考えるのか

事業承継には主に4つの論点があります。後継者の選定と育成、株式の移転、税務の整理、そして個人保証の解除。それぞれに準備期間が必要で、合算すると数年から10年単位の時間がかかります。

帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査(2025年)では、後継者が決まっていない企業の割合は5割を超えており、滋賀県でも約4割の企業が後継者の見込みを持てていません。承継が間に合わず、廃業や緊急の第三者承継に切り替わるケースも少なくありません。

中小企業庁は事業承継の集中支援期間を設けて取り組みを進めていますが、実態として「早めに着手しておけば選べたはずの選択肢が、時間切れで限られてしまう」場面が現場では起きています。

実際の相談現場でも、社長が70代になってから初めて相談に来られ、後継者育成も株式移転も間に合わなかったケースは少なくありません。

着手のサイン(社長の年齢・後継者候補の年齢・財務状況)

着手を考える具体的なサインは、社長自身の年齢、後継者候補の年齢、そして会社の財務状況の3つに分けて整理できます。

社長が60代に入る前後は、健康面・気力面の余裕がまだあり、長い時間軸での計画が立てやすい時期です。後継者候補(親族・社内)が30代後半〜40代であれば、経営者としての準備期間を確保できます。財務面では、借入残高、個人保証の状況、株式の評価額の概算を把握しておくと、移転や保証解除の段取りを組みやすくなります。

中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、社長の年齢と承継準備の進捗が整理されています。年齢が判断の唯一の基準ではありませんが、目安として参考になります。

フェーズ別 10年スケジュール

10年を4つのフェーズに分けて考えると、各時期に何をすべきかが見えやすくなります。

  • 着手期(1〜2年目):現状把握と方針決定。決算書の整理、株主構成の確認、後継者候補のリストアップ。
  • 育成期(3〜5年目):後継者の経営参画、税務・会計・財務の引き継ぎ。役員報酬の調整。
  • 移行期(6〜8年目):株式の段階的移転、個人保証の解除交渉、取引先・金融機関への顔つなぎ。
  • 完了期(9〜10年目):代表交代、残務処理、引退後の社長個人の生活設計。

経済産業省の事業承継ガイドラインも同様のフェーズ分けを示しています。実際は会社の状況によって短くも長くもなりますが、おおよその時間感覚として持っておくと、年度ごとの判断がしやすくなります。

株式と税金の整理(贈与・譲渡・相続の使い分け)

事業承継の中で最も時間と金額が動くのが、株式の移転です。一括で動かすと税負担が大きく、段階的に組み合わせるのが基本になります。

代表的な方法は、暦年贈与(年110万円の基礎控除)、相続時精算課税制度(累計2,500万円まで贈与税ゼロ、相続時に精算)、譲渡(後継者が買い取る、譲渡所得20.315%)、相続(基礎控除3,000万円+600万円×法定相続人数)の4つです。これらを後継者の資金状況や会社の株価評価に応じて組み合わせます。

事業承継税制の特例措置(国税庁 No.4438 事業承継税制のあらまし)を使えば、贈与税・相続税の納税が猶予・免除されるケースもあります。ただし制度の利用には、5年間の事業継続、後継者の代表就任、雇用維持の方針確保、年次・期中の報告義務などの要件があります。雇用維持要件は近年の改正で実質的な弾力化が図られていますが、状況によっては取消事由に該当して猶予税額の一括納付が求められることがあります。最新の税制改正と自社の状況を照らして、税理士と確認しながら判断するのが安全です。

個人保証と借入の整理

中小企業の経営者の多くが、会社の借入に対して個人保証を負っています。承継しても自動的には外れず、後継者にそのまま引き継がれてしまうケースもあります。

近年は「経営者保証に関するガイドライン」(全国銀行協会)の運用が進み、法人と個人の資産分離・収益力・財務情報の開示などの要件を満たせば、保証を外せる検討が可能です。中小企業庁の事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策を活用できる場合もあります。

ただし、金融機関ごとに保証解除の判断は異なり、対話を始めてから結論が出るまで半年〜数年かかることもあります。着手期から動き始めるのが現実的です。

着手が遅れたとき何が起きるか

着手が遅れると、選択できる承継方法が限られてきます。後継者の育成期間が取れなければ、親族内承継や従業員承継の難度が上がります。株式の段階移転が間に合わなければ、相続による一括移転で相続税負担が膨らみます。個人保証の解除交渉が間に合わなければ、後継者がそのまま保証を引き継ぐことになります。

時間切れになると、第三者承継(M&A)や廃業が現実的な選択肢として浮上します。これらを比較した整理は 廃業・事業承継・スモールM&Aの選択肢比較 や、後継者がいない会社はどうする? でもまとめています。

「もう遅いか」と感じる場面でも、諦めずに整理を始めると、その状況における最善の方法が見えてくるケースは少なくありません。

着手した後、最初に税理士と整理する3つの数字

10年スケジュールを考え始めたとき、最初に税理士と整理しておくとよい数字は3つあります。

ひとつめは利益です。役員報酬を実態の水準に置き直したときの収益力。ふたつめは株価で、簡易評価で良いので移転コストの目安をつかむこと。みっつめは借入残債と個人保証の範囲、誰がどの債務を保証しているかの一覧化です。

これらが整理されていれば、年度ごとの株式移転計画、税制の選択、保証解除交渉のタイミングが具体的に組めるようになります。相談の流れと料金は 初回相談のご案内 で詳しくお伝えしています。