事業承継税制の特例措置を使えば、贈与税・相続税の納税が猶予・免除されるケースがあります。ただし、すべての会社で使うべき制度というわけではありません。要件・取消事由・専門家コスト・代替策との比較を踏まえて、「使う/使わない」を判断する必要があります。判断のための視点を税理士の視点で整理します。
事業承継税制とは(特例措置のポイントだけ整理)
事業承継税制は、非上場会社の株式を後継者に贈与・相続する際の税負担を軽減する制度です。一般措置と特例措置があり、特例措置は2018年度の税制改正で導入されました。
特例措置の主なポイントは、対象株式の100%について納税が猶予される(一般措置は最大3分の2)、雇用維持要件が実質的に弾力化された、後継者は最大3人まで認められる、といった点です。詳細は国税庁 No.4438 事業承継税制のあらましと、中小企業庁の事業承継税制特集ページで整理されています。
ここでは「制度の中身」より「使うか使わないか」を考えるための4つの判断視点に絞って整理します。
「使えばゼロ」ではない:要件と取消事由
特例措置は「使えば税金がゼロ」と捉えられがちですが、正しくは「納税が猶予される(一定の取消事由に該当すると一括納付)」「最終的に免除されるためには長期間の要件継続が必要」という制度です。
主な要件は、5年間の事業継続、後継者の代表就任、雇用維持の方針確保(弾力化により実質的に運用可能な範囲が広がっています)、年次・期中の報告義務などです。途中で取消事由(後継者の代表退任、株式売却、要件未充足など)に該当すると、猶予されていた税額を一括納付することになります。
長期間にわたる継続要件と取消リスクを把握しないまま申請すると、後で身動きが取れなくなる場面が現場では避けたい場面です。
事業の状況は年数とともに大きく変わることがあります。長期にわたる取り組みになるため、相談の場でも慎重な判断をお勧めするケースがほとんどです。
判断視点①:株価評価額と相続税負担の見立て
まず確認するのは、自社の株価評価額と、それに対する相続税・贈与税の見立てです。
非上場株式の評価額は、会社の規模・業種・株主構成によって変わります。たとえば自社株評価が1億円ある場合でも、相続税額は他の財産、借入などの債務、法定相続人の数、配偶者の取得割合によって大きく変わります。自社株だけで判断すると、実際より負担を大きく見積もったり、逆に他の財産を含めた負担を見落としたりすることがあります。まずは自社株の簡易評価と、社長個人の財産全体を合わせて、相続税・贈与税の概算を出すことが出発点です。
この税負担が事業承継税制で猶予される額になります。猶予効果が小さければ、制度のコストに見合わないこともあります。判断の出発点は、まず数字の見立てを持つことです。
判断視点②:後継者の経営継続意志と組織安定性
事業承継税制は、後継者が長期にわたって会社を経営する前提の制度です。途中で代表を退いたり、会社を売却したりすると、取消事由に該当する可能性があります。
後継者本人が「最低でも5年は代表として続ける」と納得できているか、組織として後継者を支える体制があるか、会社の事業継続性に懸念がないか。これらを冷静に評価しないまま制度を使うと、後で身動きが取れなくなります。
「家族の合意」と「経営の安定性」の両方が揃っていない段階で制度を申請するのは、慎重に判断する局面です。
判断視点③:報告義務と専門家コスト
事業承継税制は、申請後も継続的な報告義務があります。5年間は毎年の継続届出書(税務署)と年次報告書(都道府県)の提出が必要で、5年経過後も3年ごとの届出が続きます。
これらの手続きは税理士による継続サポートが前提になり、年間で数十万円〜の費用が発生することが一般的です。10年・20年と続けると、累積で数百万円のコストになります。猶予される税額と、継続的なコストの比較は、判断の重要な要素です。
事業承継税制はリスクと判断を伴うデリケートな制度です。実行にあたってはより密な税理士との連携が必要になる点を、相談の段階でお伝えするケースがほとんどです。
判断視点④:使わない場合の代替策との比較
事業承継税制を使わなくても、贈与税・相続税の負担を軽減する方法はあります。代表的なのは以下です。
- 暦年贈与:年110万円の基礎控除内で、長期間にわたり少しずつ株式を移転
- 相続時精算課税制度:累計2,500万円まで贈与税ゼロ、相続時に精算
- 役員退職金の活用:社長への退職金支給に伴い純資産が減少することで、株価評価が下がる場面があります
- 配当・自己株式取得:剰余金の配当や自己株式の取得により、純資産が減少し株価評価が下がる場面があります
これらを組み合わせれば、事業承継税制を使わなくても近い負担軽減効果が出るケースがあります。10年・20年の長期スケジュールが取れるなら、こちらの方が手続きが軽く、後継者の経営判断の自由度も高い場合があります。
事業承継税制を使わない方がよい場面もあります。たとえば、後継者の経営継続意思が固まっていない場合、数年以内にM&Aや廃業の可能性がある場合、株価評価がそれほど高くない場合、長期の報告義務や専門家コストに見合わない場合です。制度の効果だけを見ると有利に見えても、後継者の経営判断を縛ることがあります。税額だけでなく、会社の将来の自由度も含めて判断する必要があります。
長期スケジュールでの整理は 事業承継はいつから始める?10年スケジュール でも扱っています。選択肢全体の比較は 廃業・事業承継・スモールM&Aの選択肢比較 で整理しています。
「事業承継税制を使うかどうか」は、自社の株価・経営継続性・コスト・代替策の4つを揃えて判断する論点です。相談の流れと料金は 初回相談のご案内 で詳しくお伝えしています。
相談現場でのご提案を振り返ると、最終的に制度を使わない判断に落ち着くケースのほうが多いくらいです。