「決算書にずっと載っている役員貸付金、どうしたらいいですか」と聞かれることがあります。社長個人と会社の貸し借りは、長く事業をしていると残りやすい項目です。承継・M&A・廃業のいずれの場面でも、ここを整理しておかないと話が進みません。具体的な整理方法を税理士の視点で整理します。
なぜ役員貸付金は整理が必要か
役員貸付金は、会社から社長個人への貸付として決算書に残ります。長く残しておくと、税務・法務の両面で複数のリスクが出てきます。
税務上は、無利息や低利息で貸し付けていると認定利息が課税対象になります。返済の見込みがないと判断されると、給与・賞与として源泉所得税の対象になることもあります。さらに、社長が亡くなった場合は相続財産として扱われ、相続税の課税対象になります。
会社を譲る・たたむという話になったとき、買い手や清算人から「この貸付金はどう処理するのか」と必ず質問されます。決算書に残ったままだと、その分の交渉や処理に時間がかかります。整理しておくことで、後の判断がスムーズになります。
4つの整理方法の全体像
役員貸付金を整理する代表的な方法は、分割返済、役員報酬での相殺、配当による精算、債権放棄(貸倒処理)の4つです。穏当な手段から順に検討し、最後の手段として債権放棄を位置づけるのが基本です。それぞれの会社側・個人側の扱いと、主な使いどころは次のように整理できます。
- 分割返済:会社側は雑収入なし、個人は自己資金で返済。個人に返済原資がある場合の最も穏当な方法。
- 役員報酬での相殺:会社側は経費(給与)、個人側は源泉所得税。役員報酬の枠で段階処理。
- 配当による精算:会社は配当原資から支出、個人は配当所得(総合課税・累進)。利益剰余金がある場合。
- 債権放棄(貸倒処理):会社側は要件を満たす場合に損金処理、個人側は経済的利益として課税の可能性。回収不能と判断される場合の最後の手段。
どれを選ぶかは、貸付金の金額、会社の利益剰余金、社長個人の返済能力、税務上のリスク許容で変わります。仲介相談前に整理しておきたい数字の論点は M&A仲介会社に相談する前に整理したいこと でも扱っています。
後継者の方にとって役員貸付金は大きな不安材料になりやすく、承継の話そのものが進まなくなってしまうケースもあります。
役員報酬での相殺
社長の役員報酬の一部を、会社が支払うのではなく貸付金の返済に振り替える方法です。
定期同額給与の枠内で行う必要があるため、税務上は「役員報酬として計上→源泉徴収→相殺」の流れになります。会社側は経費、個人側は通常通り所得税・住民税・社会保険の対象です(国税庁 No.5202 役員に対する給与)。
時間はかかりますが、毎月の役員報酬の一部を相殺に充てる形で、数年かけて貸付金を圧縮できます。手取りが減る形なので、社長個人の生活設計と合わせて検討します。
役員報酬での相殺は所得税・住民税・社会保険の負担が相当大きくなるため、年度をまたいで計画的に実行する必要があります。
配当による精算
会社に利益剰余金があれば、社長への配当を出して、その配当金で貸付金を返済する方法です。
配当を受け取った社長側は配当所得として総合課税の対象になります。所得が大きい場合は累進課税で税率が上がるため、年度を分けて段階的に配当を出すこともあります(国税庁 No.1330 配当金を受け取ったとき)。会社側は配当原資から支払うため、剰余金が減少します。
この方法は、利益剰余金が十分あり、社長個人の所得状況が安定している場合に選ばれることが多くあります。配当総額と税負担の見積もりを年度ごとに比較してから判断します。
債権放棄(貸倒処理)の税務
返済・相殺・配当のいずれも難しく、回収不能と判断せざるを得ない場合の最後の手段が、債権放棄による貸倒処理です。
法人側で貸倒損失として損金算入できるかは、債務者(社長個人)の支払能力の喪失、債務免除の経緯、書面による通知の有無などを総合的に判断します。法人税基本通達9-6-1や9-6-3の要件を満たさない安易な処理は、税務調査で否認される可能性があります(国税庁 No.5320 貸倒損失として処理できる場合)。
個人(社長)側では、債務免除を受けた分が経済的利益として課税対象になるケースがあります。所得区分(一時所得/給与所得など)は債務免除に至った経緯や会社との関係によって判断が分かれるため、債権放棄を選ぶ場合は法人側・個人側の両面で税理士と整理してから進めることが必須です。
整理を始める前に確認する3つのこと
役員貸付金の整理を始める前に、必ず確認しておきたいことが3つあります。
ひとつめは貸付金残高の正確な把握です。決算書に載っている金額と、実際に整理対象とすべき金額が一致しているか。利息計算や繰越処理にズレがないかを確認します。ふたつめは社長個人の返済能力で、給与・配当・個人資産で、どの程度・どのくらいの期間で返済できそうかの見立てです。みっつめは税務上のリスク許容、債権放棄を選ぶ場合は税務調査のリスクを、相殺・配当を選ぶ場合は税負担の総額を、それぞれ受け入れられる範囲か確認します。
これらを整理してから、会社の状況に合った組み合わせを選ぶと、無理のない計画が立てられます。相談の流れと料金は 初回相談のご案内 で詳しくお伝えしています。
実際の相談現場でも、急がず2〜3年かけて整理する形をご提案するケースは少なくありません。