会社を譲るかどうかを考え始めたとき、いきなりM&A仲介会社に相談する前に、まず整理しておきたい数字があります。価格や売却条件の話に進む前に、利益、借入、税金、手残り、役員貸付金、個人保証などを確認しておくことで、相談の進め方も判断の材料も大きく変わります。

帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査(2025年)によれば、2025年の全国の後継者不在率は50.1%で、依然として5割を超えています。滋賀県は43.8%とやや低めですが、それでも4割を超える企業が後継者の見込みを持てていない計算です。後継者がいない場合の選択肢は廃業だけでなく、第三者への承継も含まれます。どの方向を選ぶにしても、自社の数字を整理しておくことが出発点になります。

1. 直近3期の利益と役員報酬

会社の価値や承継の可能性を考えるとき、最初に見られるのは直近の利益です。ただし、中小企業では役員報酬の取り方によって決算上の利益が大きく変わります。役員報酬を高く設定して利益を抑えている会社もあれば、逆に役員報酬を抑えて内部留保を厚くしている会社もあります。

承継・第三者承継・廃業のいずれを検討するにしても、決算書の数字をそのまま使うのではなく、役員報酬を含めた実態の収益力を整理しておくことが大切です。直近3期の決算書をベースに、「役員報酬を適正水準に置き直したらどうなるか」を確認すると、自社の収益構造が見えてきます。

選択肢ごとの違いは 選択肢の比較 で整理しています。

2. 借入金と個人保証

借入金がある会社では、誰が保証しているのか、返済条件はどうなっているのかを確認する必要があります。中小企業では多くの場合、社長個人が連帯保証人になっています。これが「経営者保証」と呼ばれるものです。

会社を譲る場合、借入や個人保証の扱いが曖昧なままだと、後から大きな問題になることがあります。たとえば、第三者承継で株式を譲渡しても、個人保証が解除されずに残ったままだと、譲渡後も保証責任を負い続けることになります。

近年は「経営者保証に関するガイドライン」(全国銀行協会)の運用が進み、事業承継時の二重徴求の原則禁止や、保証契約の柔軟な判断が求められるようになりました。中小企業庁の事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策では、専門家による保証解除支援や事業承継特別保証制度の取扱いが整理されています。借入と個人保証の整理は、承継の選択肢を広げる前提条件です。

中小企業の現場では、実際に整理を始めてみると、ご家族が連帯保証人として残ったままだったケースや、複数の金融機関と取引があり、保証契約の範囲を経営者自身も把握しきれていなかったケースをよく見かけます。承継や譲渡を検討する段階で、誰がどの債務にどれだけ保証しているかを一覧化することが、最初の一歩になります。

3. 役員貸付金・役員借入金

中小企業では、社長個人と会社の間に貸し借りが残っていることがあります。「役員貸付金」(会社から社長への貸付)「役員借入金」(社長から会社への貸付)のいずれも、決算書には載っているけれど経営者が中身を覚えていない、というケースは少なくありません。

役員貸付金が残ったままだと、第三者承継のときに買い手から「この貸付金はどう処理するのか」と必ず質問されます。役員借入金も同様で、承継後にどう清算するかが論点になります。決算書上の数字だけでなく、実際にどう処理できるか(返済する/相殺する/損金処理する/配当で精算する等)を税務の観点から確認しておくべきです。

役員貸付金を放置していると、税務上は会社から社長への給与・賞与とみなされるリスクや、認定利息が発生するリスクもあります。承継前に整理しておくことで、後の手続きが大きく軽くなります。

4. 税金と実際の手残り

会社を譲る場合も、廃業する場合も、最終的に大事なのは「いくらで売れるか」だけではありません。税金を引いた後に、経営者の手元にいくら残るのかが重要です。

譲渡方法によって税金の扱いは大きく変わります。

  • 株式譲渡:個人株主の場合、譲渡所得として20.315%の分離課税
  • 役員退職金:退職所得として(受取額−退職所得控除)×1/2 が課税対象
  • 配当:総合課税で累進税率が適用される場合がある
  • 清算:会社清算後の残余財産分配で、配当所得や譲渡所得の組み合わせ

実務では「株式譲渡+役員退職金」の組み合わせが選ばれることが多くあります。退職所得は譲渡所得より課税が軽くなる場合があるため、譲渡対価の一部を退職金で受け取る形を組むことで、手残りが変わってくる可能性があります。ただし、退職金として認められる金額には合理性が必要で、過大な退職金は損金算入されないリスクもあります。

相談の現場でよく耳にするのは「税金は売却額が大きいほど自動的に多く取られるだけ」「廃業のほうが税金が少ない」「退職金にすればいくらでも非課税になる」といった捉え方です。実際には、譲渡所得・退職所得・配当・清算のどの組み合わせを選ぶかで、同じ金額でも手残りは大きく変わります。「どの方法を取れば税金が少ないか」よりも、「自社の状況に合う方法はどれか」を整理する視点のほうが、判断を間違えにくくなります。

5. 不動産・車両・保険など会社に残っている資産

会社に不動産、車両、生命保険、含み益のある資産などがある場合、会社をどう整理するかによって扱いが変わります。たとえば事業用不動産は、譲渡前に個人に切り出すのか、会社ごと譲渡するのかで税金計算が変わります。法人契約の生命保険は、解約返戻金や名義変更のタイミングで課税関係が動きます。

事業そのものだけでなく、会社に残っている資産と負債を一度棚卸しすることが必要です。決算書の科目だけ見ても見落としやすい項目(簿外債務、保証履行リスク、リース契約の残債、会社所有の保険など)も含めて整理しておくと、選択肢が広がります。

棚卸しした結果、「事業は譲り、不動産は個人で残す」「保険は事業承継特別保証制度を踏まえて整理する」など、組み合わせの判断材料が出てきます。廃業を視野に入れている場合の確認ポイントは 廃業を決める前に確認したいこと でも整理しています。

仲介会社に相談する前に、数字を整理する意味

M&A仲介会社に相談すること自体が悪いわけではありません。仲介会社は買い手とのマッチングや交渉のプロであり、必要な場面では大きな力になります。

ただし、自社の数字が整理されていない状態で話を始めると、価格や条件の話に流されやすくなります。価格を聞く前に、手残りを左右する論点(借入の整理/個人保証の解除/役員貸付金の処理/退職金の組み立て/不動産の扱い)が把握できているかどうかで、相談の質はまったく変わります。

事前に税理士と数字を整理しておくことで、会社を譲るべきか、廃業するべきか、他の選択肢を検討すべきかを冷静に判断しやすくなります。M&A仲介に相談する前に整理しておきたいことは M&A仲介会社に相談する前に整理できること でも詳しくまとめています。

ご相談で多いのは「売却の話を聞く前に何を整理しておけばいいか」「仲介に出す前に税理士に見てもらえるか」「数字を整理した結果、廃業や別の承継方法のほうが現実的だと分かった」といった声です。仲介に進むかどうかは、整理した数字を見てから判断できる順番にしておくと、後で振り返ったときの納得感が変わります。